image

本当に久しぶりのブログ。
しばらく書かなくてもいいかと、敢えて書かずにいた。
今年も怒涛の1年だった。
スペインから帰ってきて、もう何年か経ったような気にすらなる。そして、いつ頃どうしていたのか、最早、記憶も曖昧だ。

私は今、植木屋の仕事をしている。今日はお世話になっている一つの植木屋の仕事で、ある賃貸住宅の庭のお掃除に一人で来ている。紅葉の枯葉を落として、少しばかり不必要な枝を抜いた。
空を見ると何とも冬らしい空。乾燥した空には可愛いふっくらとした雲が無数に浮かび、生まれて間もない太陽の光が、その輪郭を色付ける。

バルパキートという移動式バルを始めて1年半。試行錯誤を繰り返し、そしてまた原点に戻った今年の春。一度考え直そうと思った頃に友人から頂いた、料理長のお話。半年契約で仕事に明け暮れた今年の夏。
たこ焼きの屋台から始まった、私の料理についての経歴は、ある居酒屋の店長から自身の店の開業、スペインのミシュランレストランや、あるレストランの料理長まで、まさに私を表すかのように、わけのわからないものになった。

そして今後どうなるかはわからないが、どうやら私は、料理の仕事が飽きたようである。ともあれ、飽きっぽい私の性格の割りには長く続いた仕事だった。
飽きたというと語弊もあるかもしれないが、その言い方が実にしっくり来てしまう。料理はずっと好きだ。だが、それを仕事とした時には、好きなだけでは無理なこと、又、好きゆえに出来ない事があるものだ。
バルパキートは好きな時にやる。好きな時にしかしないのだ。
料理は、前に音楽をしていた時と、同じような結論に至ってしまった。

そんな中、時折、お手伝いのように行っていた植木屋の仕事。今はそれに少しばかり力が入ってきている。
借り物で充分だと思っていた鋏なども買い揃え、暇さえあれば樹形を見て考えてしまう。
初めは、散歩しながら、色んな木の事を知っていたら、もっと散歩が豊かになるだろうと考えていた位だったが、少し知るともっと知りたいと思うのが、木の魅力なのだろう。木にも同じものが一つもなく、どのような環境で育ったかによって別の木に見えることすらある。
この仕事に一生就くかどうかということではなく、料理もそうだが、知っていて損をするものではないのだ。少し真剣にやってみても良いかと思う今日この頃。
掃除や刈込みをしていた自分が、まさか率先して木に登り、透かし剪定をする日が来るとは夢にも思わなかった。
スペインで料理をして日本に帰ってきて2年。私が植木屋をしていると誰が想像しただろう。

そしてまた夏の終わり。
レストランの仕事で、家と職場の往復だけをしていた頃、ひょんな事で出会った一人の女性と、私は恋に落ち、その数日後には一緒に住み始め、二人での初めての正月を迎えようとしている。
何かが少しでも狂っていたら会うことがなかっただろうと心底思う。運命とはこうして訪れるのだ。
探している時にはない。欲しがっている時には与えられない。本当にそんな気がする。
レストランの仕事を無事終えた後、私は、彼女と二人、ワーゲンバスで2週間の旅に出た。彼女の故郷である岡山にも、私のルーツである大分にも行った。
山道でスリップし、木に激突して出来たバスの傷跡も、今はもう遠い昔のことのようである。

植木屋の仕事の合間、ブログを書いている。さっきまであった可愛い雲は、嘘のように消え、真青に晴れた空。
宇奈根の住宅街。風もなく、静かな日だ。
今年の正月は、どこに行くわけでもなく、狛江辺りにいるとしよう。冬の山籠りも、巡礼の旅も、島でのキャンプも、今年はしない。
特別に、普通の正月を過ごすとしよう。
のんびり散歩でもしながら初詣をしよう。
そんな風に思う、2015年の終わり。
皆様、良いお年を。