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また一週間が終わろうとしている。仕事の合間、休憩で代官山アドレス横の空き地で一服。
代官山には煙草を吸うことの出来る場所が殆どなく、ここの空き地も決して許されている所ではないが、喫煙者がよく煙草を吸っている場所。横には子供達が遊んでいる公園があり、子供と喫煙者の集まる、少し変わった場所になっている。
今日は日曜で、人通りも多く、煙草を吸いながら見る光景も賑やかだ。

明日は月曜日で定休日。そして給料日という、すごく懐かしい響きに興奮している給料日前夜。
気付けば6月も半ば。あと、3ヶ月でこの仕事も終わりだ。
その後の予定は未定だが、最近、少しずつ、この先の事を考える時がある。
この仕事を終える頃、私は42歳になっている。もうすぐ厄年を終える歳だ。

この厄年というのは諸説あって、本来、絶好調の年だという説もある。絶好調なので調子に乗らないように設けられた、「気を付けなさい」が、いつの間にか絶不調の年という意味合いに変わってしまったという。私は何だかこの説を信じている。確かにこの数年、とても濃い年月を過ごし、縁にも恵まれた。大袈裟でもなく生まれ変わりの年だった。
自分の素性というのも熟知したし、これからはどう生きるか、なんて事も考えた。

どう多く見積もっても、人生はあと半分はない。色んな事をして来たつもりではあるが、似たような事を40年間してきたような気もする。
なので、私はこれからは正反対の生き方をしてみようと思っている。人生は、正しいとか間違っているかではない。
物事には、きちんと両極端な側面があり、片側しか知らないものには、立体も単なる平面にしか見えない。
そして、平面しか見えない人は、思い込みが激しい傾向があるようだ。

もうどんな生き方をしようが自分を見失う事はないだろう。
私のこれからの生き方を見て、何が変わったのか分からない人も多いだろう。だが、たった今から、私は裏返ります。
中心はそのままに、正反対の人間になります。
出会ったら、お、裏返ったね、と声をかけてください。

そんな事を書いていたら、もう休憩時間もそろそろ終わり。
今日の酒は殊更に旨そうです。