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3月。気がつけば春はもう、すぐそこで、私が今のワーゲンを買ってから1年が経っている。
このところ、またブログの方がご無沙汰だったが、書ける状況にはなかった。出店、その後の微調整の繰り返し、そして確実な収入の為の仕事。そしてそれが終わってからの仕込み。休みかと思えば、パソコンと向かい合い、POPの制作や、メニュー、価格の見直し。
よし!と思ってからの、再びの手直し。それを幾度と無く繰り返し、その殆どを終えたようだ。そうすると、何だろうか。覚悟のようなモノが生まれてきた。
一年間。振り返ると、やりはじめたばかりの頃が、遠い昔の事のようだ。今になって思えば、よくあんなやり方で営業していたなぁ、と思う事さえある。私は、この一年で、とても大きなものを掴んだようだ。そして、自分の中で、全く新しい移動販売のスタイルが確立出来たと思う。
車の作り方、発電機の要らないスタイル、POPの作り方、仕込みの循環。一度、膨大に増えたメニューも、絞り込んで、無駄を削ぎ落とした。
どんな所で、どんな物がどれくらい売れるかの予想もつくようになり、無駄が出る事も少なくなり、色んな事が身に付いてきた。初めはよく分からなかった移動販売の同業者とも、少しは馴染んで来たようである。
移動販売という商売にとって、一番厳しい季節に、いちいち凹んだり、思い直したり。そうやって、随分いろんな事を考え、そして実行してきた。

そして春が来る。

私は、思う。決して後ろ向きではなく、消極的でもなく、これで駄目なら、もう良いのではないか、と思っている。妙に清々しい気分なのだ。駄目だと思っているわけではない。そして、逃げるわけでもない。これは、覚悟した、という意味である。

思えば、私は、こんな覚悟をした事があるだろうか。無理なら無理で仕方がない、と思う場所が、少し違うのではないだろうか。今まで、無理、というものを越えようとしただろうか。
そしてこういう清々しい覚悟が生まれた事、感じた事があっただろうか。
そんな風に思っている。

いろんな感情が、今の私の中にある。
この一年間の大切に思う気持ち。また一つ見つけた、本当の私。先にも述べた、清々しい覚悟。そして自信。
この瞬間、人は解き放たれるのかもしれない。駄目なら次。とても強い気持ちが、浄化されるかのようだ。

正直、私はこの仕事を一生続ける気はない。これも一つの過程だと考えている。ただ、この過程の中で、私に必要な変化へのヒントが隠されていると、薄々気付いていた。
通り行く人。その人々の反応というものは恐ろしい程に早く返って来る。私が、考えてこなかった弱点のようなもの。人の目を気にしているくせに、人がどう思おうと関係ないと思っていた。
だが、人の目をものすごく考えた先に、本当の意味での自分が見え、そしてまた違った意味で、人がどう思おうと関係ないと、心底思えるようになった気がする。人の目が分からないでいたから、どう見られているのかが気になったが、私がどう見られているかが分かれば、気にする事もないのだ。

とは言え、まだまだ先は長い。
いろんな事を思い直し、そして気付いて行くのだろう。
しかしながら、この一年。私にとって、本当の意味での第2の人生の幕開けのような一年だった。

財布の中身はまだまだ寒いが、もう春はすぐそこ。
ちょっとだけ、足腰が強くなったようであります。