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ここ最近、私は、随分成長した気がする。
自分と言うものが、本当に望んでいるもの。それが分かったような気がする。
自分はこうしたいのに、そうはならない。そんな時、本当は、自分も気付かない深層心理の中で、実は、『そうはならない』事を望んでいたりする。
また一つ、自分を見つけた。そんな気がしている。

こんな事を書くと、私を知るものは、笑うかもしれないが、私は意外にも真面目で努力家である。ただ、結果として残せないものは、評価する事が難しく、ただの夢想家に思われる事も少なくはない。
私がこれまで努力した事。それはきっと金では買えない、とても大切なものではあった。
それ故に、お金で買えるものに、大切なものはない。という極端な考えが身に染み付いているようである。
そこで、私はこう思った。
大切なものは、私にとって大切であるが、他人にとって同じとは限らず、そして尚且つ、お金にしようがしまいが、大切な事には変わらないのである。
私は大切なものが揺るがないように、なるべくお金にせずに、箱に入れていただけの過保護な父親のようであった。

お店をやっていた時は、いろんな友人に恵まれ、大してそんな事を考えずに我が儘にやらせて頂いたが、移動販売というものは、常にアウェイであり、通りすがりの人が、どれだけ買ってくれるのかが勝負なのだ。
場所によっても違い、天候によっても違い、毎日が初めてオープンするお店のようなのだ。そんな中、売れる、という事を、こんなに考えた事はあっただろうかというほど、料理以外の事も考えに考えた。
そんな、今まで深く考えたことのない事をじっくり考えながら、見えたものは、どうしたら売れる、という事ではなく、深い場所に座っていた私自身だった。

好きな事を職業にする。
それはとても素敵な事だ。ただ、好き故に、大事にしすぎてしまう。そんな事も大いにあるようである。
なんだろうか。それがはっきりしてから、私は以前にも増して、心が晴れ渡り、水を得た魚のようなのだ。
以前、音楽に夢中だったころと、どこかシンクロするこの気持ちを、移動販売という新しい地で、解決したようである。

そして、今日のランチ営業の帰り道。久しぶりに、以前自分のやっていたバンド『逆水母』の”続く世界へ”という曲が無性に聴きたくなり、ドラムのタコちゃんが上げてくれているYoutubeのそれを、iPhoneで聴いてみた。
自分でいうものなんだが、とても良い曲だ。自分の作った曲で一番好きな曲。大袈裟かもしれないが、その時、これ以上の曲は、私にはもう作れないのではないだろうかと、何だか満足してしまったのようなのだ。
そもそも、この逆水母は、前に書いた、大切なものとお金の関係を一切無視したバンドであり、『売れないだろうねえ』と仲間と笑い合いながら作ったバンドなのだ。音楽で生計を立てる。そう考えていた後に作ったバンドで、それはそれで、はっきりとした『売れない』という目標があり、実際に売れず、これはこれで、完璧なバンドであった。

すべてを言葉にするのは難しい。私は、誰の見ているか分からない、このブログで、いくつもの感情を言葉にしようと試みてはいるが、言葉にしない事も、時として美しい。

ベースの江刺家が、私の拙い、それでいて渾身のギターソロを聴いて『月面のようだ』と言ってくれた表現が、その時とても嬉しかったのを、はっきりと憶えている。
夕暮れ時、ワーゲンに乗りながら聴いた、久しぶりの曲。
初めて登った山の頂上で流したような涙が、ふっと出た。

逆水母ー『続く世界へ』