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今日は、本当は車の手直しをしたり、工場に行き車の修理などを予定だった。だが、今日はただただ、ぼんやりと過ごし、夕方からの仕事の前にブログでも書くかと、パソコンを開いた。
43歳の私のワーゲンバスは、このところ色んな場所を怪我してきた。狭い路地で腹部を擦ったり、発電部の故障でバッテリーが上がり、まともに走れなくなりレッカーされたり、ガソリンメーターの故障で、燃料の残りが分からずに高速道路でガス欠で止まったりだ。
幸い、最近の自動車保険というものは、レッカーは無料であるし、ガス欠だと言えばガソリンを持ってきてくれる。腹部を擦ったのも、モールのお陰で、モール以外傷つく事も無く、モールの一部がはがれ落ちたのみだ。新しいモールを探してみると、なんとたかがモールの分際で5万円もすると言う。モールの一部が無いのも、味だということにする。しかしながら、このワーゲンという車を、私は愛しているのだ。
田舎の家の近くにあったワーゲンショップ、ガレージアスカ。そこに初めて訪れたときの事をはっきりと覚えている。
今まで、地元の、それも絵に描いたような不良少年だった私は、無免許で真黒の日産グロリアという車に乗っていた。真黒な上に窓ガラスまで真黒にし、車高をさげた足元には、金色と銀色の混ざったワイヤーのようなアルミホイール。
18を過ぎた私は、何となくもうこのスタイルにも飽き飽きしていた。何となくこれでは面白くなくなっていた。そして、何となくお洒落になりたかった。何となくが、多いのは、お洒落、というものが、はっきりと分からなかったからである。
それから、私は、半年で20kgのダイエットをし、服を変え、車をも変えようと思ったのだ。何となくお洒落、、、。何となくミニクーパーか、ワーゲンだと考えた。そして意外にも近くにワーゲンの専門店があったのだ。ボロボロのワーゲンが狭い車屋に所狭しと並んでいた。今にして思えば、あれは全てベース車両で、その中から好きなものを選んだ後にレストアしてもらう、という事なのだったのだろうが、その頃の私にそんな事など分からない。
そのまま乗るのに、一番まともなブルーのビートルが目に留まる。これ、エンジンかけてもらえますか?というと、後に仲良くなる店員の男が、ちょっと待ってと、エンジンをかけるのに随分と手間取っている。大丈夫なのか?とは思ったが、なにせ私には未知の車なのだ。黙って待つ事にした。30分程だっただろうか。ものすごい音を立ててエンジンに火が点いた。そして同時に後方のマフラーから、ありえないほどの大量の水が、鉄砲水のように吹き出した。どれだけ降りにエンジンをかけたのだろうか。少し上を向いていたマフラーに大量の雨水が入り込んでいたのだろう。それを、呆然と見ている私。その私を見ながら店員は、どうだ?と言わんばかりだ。
この時だ。私がワーゲンに惚れた瞬間である。その適当。その自由。もうお洒落かどうかなどは、先ほどの鉄砲水と共に吹き飛んでしまったようだ。すぐに、これくださいと言っていた。
そのブルーのビートルは、脇見運転の老人と正面衝突で帰らぬ車となってしまったが、一人で港にドライブしては、よく写真を撮ったものだ。雨の日には、必ず交差点で止まってしまう調子の悪い車だったが、ワーゲンとはこういうものなのだと、何でも無い事のように楽しんでいた。
40年経ったこの車。もちろん、消耗品も沢山あるわけで、どこがいつ駄目になってしまうかは分からない。ただ、走るのだ。
私は、心の中で面倒なものが好きなのではないのだろうか、と最近まで思っていた。だが、違うようだ。何があっても走る。そこが好きのだ。そして、この車は、細かい事を考えてもどうにもならないよ、と訴えかけてくるようでもある。そこが好きなのだ。車の趣味と女の趣味は同一だと、分析医が言ったりもする。だが、この車は、私にとって女性ではないようだ。私は、この車のように生きたいのだと思う。

Facebookにワーゲンの写真を載せていたら、スペインの巡礼中に、とある村の小さなバルで出会った、同じく巡礼をしていた男からメッセージが届いた。彼も古いワーゲンに乗っているのだと言う。彼も山が好きなようで、いつも山の写真をFacebookに載せている人物。
何だろう。とても嬉しい気持ちになった。
来週末は、この車でまた名古屋へ向かう。それまでに、ちょっと整備をしてやろう。それでも途中、何が起こるか分からないが。
何が起こっても、きっとこいつはまた走るだろう。私のヒーローなのだ。
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