2014-07-18-13-20-23

名古屋にきてもう3週間が経とうとしている。
今週は、夏休みに入った子供達が東京からやってきて、私と一週間から10日の間、一緒に生活する。

古くからの友人に会ったり、出店場所の交渉に行ったり。
車の手直しをしたり、食材探しに行ったり。
珍しく久しぶりに風邪を引いたり、車がトラブったり。

久しぶりのブログで、何から書いたら良いのかと思うほど、色んなことが起こる毎日。

そして色んな出会いがある。たまたま名古屋に遊びに来た友人と内海海水浴場に行くと、良い感じの海の家があったので、声をかけ、自分も商売出来ないかと聞いた所、とても感じの良い男性で、来年ならば、出店に協力してくれると言う。
今年もどこかやれる場所はないかと、知り合いに話してきてくれたりもした。残念ながら、今年は既に出店する店が決まっていた為、無理ではあったが、良い出会いに大満足で帰宅した。

今週末、たまたま噂を耳にしたイベント、「なやばし夜イチ」というイベントにも参加させていただくことにもなった。

鶴舞公園での営業も、今夏は無理そうだが、他の季節のイベントならば出店させてもらえるかもしれない。

なんだか、唐突に話を持ちかけても嫌な顔はされないし、急には無理でも、なんだか可能性はどんどん開けていく。
今週は名古屋の中心にあるオアシス21という施設に面談に行く予定。
ここでやらせて頂けたら、とても良いと思う。
2014-07-18-15-22-46

この間は、東海移動販売組合に打ち合わせに行こうと岐阜へ向かった。
すると途中で止まったコンビニから、再出発しようとエンジンをかけた途端、クラッチがおかしくてギアが入らない。
以前、タイプ3に乗っていた時、下北沢から家に帰る途中、同じようなことが起こり、レッカーしたことがある。それが「朝の月」という曲のネタになったことも。
レッカー車でやって来た業者の親父さんが、これまたとても良い人だった。近くのワーゲン屋をiPhoneで検索し、ここに行ってくれと言うと、あまり良い評判は聞かない、と土地勘のない私に、別の良い工場を紹介してくれた。
工場に向かいながら色んなことを話す。趣味でヘリコプターに乗るという凄い親父さんだ。
月に一度、東京上空も飛ぶらしい。ヘリコプターで東京上空まで一時間半。車ならば、いいドライブ、と言った所か。
天気が良ければ白馬の山を越えて北上もするという。
ヘリコプター。またいずれやってみたいことが増えた。

工場へ着くと、また感じの良い親父さんが出てきた。会った瞬間、ここは良い工場に間違いないと直感した。私の好きなワーゲンショップの親父さん達、共通の匂いがする。
親父さんも私の車を見て、面白がってくれた。事務所で少々話し込んだ。スペインでの話や車の話、移動販売のこと。
その後、岐阜駅まで送ってくれもした。
2014-07-18-16-41-31

岐阜の駅前には金の織田信長が仁王立ちしていた。
せっかくの見知らぬ土地だ。一杯くらい引っ掛けたい。そう思って、道行く人に呑み屋街を尋ねた。
なんだかスペインの一人旅を思い出す。
言葉も分からぬ一人旅は少々苦労したが、ここでは何の苦もない。
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反対側の銀行の裏に呑み屋があるよ。こっち側の裏は歓楽街だから。と男が教えてくれた。
歓楽街。なんだか良い響きだな、と笑いながら、呑み屋を探した。
そんなに大きな呑み屋街ではないが、気になる店が一杯あった。
今日は赤提灯のカウンターで一杯やりたい。そんな店はゴロゴロあり、フラッと適当に入ってみた。夏だというのに当たり前におでんがあり、牛スジが赤味噌だれにどっぷり浸かっている。
2014-07-18-17-28-02

ビール二杯、レモンサワー二杯でほろ酔いになった私は歓楽街を一人ブラブラとした後、名古屋行きの電車に乗った。
ボックス席の電車。まるでどこか遠くに行ってしまいそうだ。
名古屋駅に着き、バスターミナルを探し、名東区引山行きのバスに乗る。

肝心のワーゲンは、どうやら前に乗っていたワーゲン同様、クラッチ板の故障らしく、大出費の予感がするが、なんだか気持ちの良い一日だった。
今度、岐阜に車を取りに行く時は、きっと子供達と一緒に取りに行くことになるだろう。そのまま、飛騨高山にでも行き、一泊くらいしてくるか。

車で岐阜に向かう途中。大きな雲が風になびく様な形をしながら、幾つも横たわる空を見ながら、高速道路を走る。
こんな時、私は心が踊る。
心が踊る、とは、こういう事を言うのだと、心から思うほど、心が踊る。
そして、一人、見知らぬ土地で動かなくなった車の横で、ワクワクもするのだ。

一人でいると、色んな事を考える。今までを思い出し、これからを想像する。
一人の時間。それはとても大切だ。寂しいから誰かといるのではなく、寂しいから一人でいよう。

なぜ山に登るのか。と聞かれた時、私は冗談で、寂しいからだ、と答えた事がある。聞いた相手はキョトンとしていた。
それでも自分で言った後、本当にそうかもしれない、と思ったほど、この言葉は心に残った。

難しい表現だが、所謂、世間が言う寂しいというものとも違う気がする。そして、決して寂しがり屋な訳でもない。
寂しい。これは「優しい」が難しいのと同じ様に難しい言葉なのかもしれない。

そんな事を思う夏の午後。
明日からは騒がしい一週間になるだろう。子供達は子供達だけで新幹線に乗って名古屋にくる。彼らにとっては大冒険だろう。
新幹線に乗った彼らの心も、踊っていたら、私は嬉しい。