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私は今、名古屋にいる。今年の夏は名古屋にいる予定だ。一昨日の深夜に名古屋に到着して2日。近くのスーパーなどを巡り、食材探しをしたり、保健所を訪ねて申請の手続きをしたり。ポルチーニ茸と私の大好きなブルーチーズ、スティルトンは入手出来たが、どこを探してもハモンセラーノがない。心の友、マグナム氏に電話して、東京から送って貰う事にした。パンもいつも通りのパンを使うため、沼袋から送って貰う。大体の手筈は整った。
昨日、酷く暑かったのが嘘のように、今日は肌寒く、外は雨だ。少し他の移動販売者とのコンタクトを取ろうと、街を車で徘徊したが、収穫はなかった。鶴舞公園のあたりで車を止めてコーヒーを飲む。大好きな映画にも出てきた公園だ。

保健所に訪問した際に、規定などを色々聞いたが、ここ名古屋は本当に緩い。いとも簡単に取れてしまいそうだ。あらかじめ包装してあるものについては、許可すらいらないのだ。なんだか笑ってしまった。人の感じもとてもいい。
なんだろうか。私は、ここ愛知が地元である筈なのに、勝手に距離を感じていたのだ。田舎にやってくると、コンビニの店員が妙に優しいと感じる、そんな他人行儀な感じである。愛知にいる頃は、どちらかというと破天荒な生活を送っていた為、名古屋は破天荒な人が多い、とでも思っていたのだろうか。なんだか非常に優しくて、どこかホッとしている。そして少しナイーブにもなっていたのだろう。
やはり、観光と旅は違うのだ。前に4日だけ名古屋に来た時とは、如実に気持ちが違う。帰る場所がない、と思っているわけではない。私には大切な友人が下北沢辺りにいて、家はなくともそこが、所謂帰る場所であると思っている。ただ、自分の所有物が、今持っているものが全て。というに関わりがあるのだろうか。とても不思議に思う。ドキドキする高揚感と、果てしない不安は、表裏一体、といったところだろうか。豚の安心を買うより、狼の孤独を背負う、と誰かが歌ったが、そういえば私のダッシュボードには、狼が飾られている。下北沢の模型屋で、あっと手に取って衝動で買った狼の模型。その後に、この歌を思い出した。

今日は雨の音を聞きながら、サンドイッチを包むオイルペーパーにBar Paquitoの判子を一枚一枚押した。そして、これから場所を提供してもらう人達に渡す、自分の店の資料を作った。こんな事は柄ではなく、いつも行き当たりばったりで、何も用意せず、ノリだけで通す方だが、今回は少し趣向を変えてみよう思う。

大須観音という、東京で言う所の下北沢や高円寺のような場所でやれたら、と思っていたら、昔下北沢で遊んだ女の子が大須出身なのを思い出した。しかしこの10年。色々あり過ぎて、連絡先も分からなくなっていた。友人を頼り、なんとか連絡先を知り、電話すると懐かしい声が。10年ぶりなのに声を鮮明に覚えていた。下北沢にいた頃は古着屋で働いていた彼女。今はスタイリストをやっていて、最近、結婚をしたようだ。色々と相談に乗ってもらった。本当に有り難い。
明日は昔やっていたバンドのメンバーと会うし、明後日は私の行っていた中学の同級生と会う。おそらく、ざっと20年ぶりの再会である。

久しぶりに『住む』愛知。どんな日々になるのだろう。また東京に戻る時、すこし成長していたい。そんな風に思ってます。