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ブログ更新、随分遅くなってしまった。
もうここ日本に着いて、2週間が経った。
スペインの出国の時、ビザの期限がとうに過ぎたパスポートを内心恐る恐る出すと、同僚と無駄話をしている警官が、あくびをしながらポンッと判子を押した。全然パスポートも見ずに。何の問題もなく通過した。後でパスポートを見てみると、入国の際に押された判子のページではなく、何ページもめくった場所に、ポツンと出国の判子が押されていた。お気楽なものだね、と笑ってしまった。

飛行機の下に日本の田園風景が見えたときの何とも言えない気持ち。成田空港に着き、成田エクスプレスで渋谷に向かう。東横線の連絡通路で、自転車を組上げ、ハチ公前に出た時、私の自転車は初めて日本の地に着いたのだ。
久しぶりの東京。ネオン煌めく大都会。赤い瓦で統一されたヨーロッパの風景ではない。雑踏。どこか飽き飽きとしていた筈の街が、とても生き生きと美しく見えた。街そのものが大きな生物かのような東京という街。薄汚れた裏路地の隙間から見える、無機質なビルたち。
思えば、日本人というものの性質そのもののように見える街だ。
この街が、世界に誇る大都会なのは、便利だからではないように思う。自由なのだと思う。ある意味で不自由である、と言う言葉が漏れる程、自由なのである。久しぶりに降り立った日の暮れた渋谷で、スペイン生まれの自転車と一緒に、煙草を吸いながら、そんなことを思った。
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下北沢で、仲間達と再会し、いつもように酒を呑む。もうこうなると、また時間の流れが変わって見える。久しぶりのような感覚は、いつの間にか消えていた。
この約一年の中で、いろんな時間の流れを体験した。5年程経っているかのような時間。昨日の事のような時間。スペインのベッドの中で見た夢の殆どが、日本での夢だった。そして今は、まだスペインを自転車で走っている夢を見る。
夢の中で、一日の出来事を整理する子供のように。
目紛しく変わる風景を、少しずつ整理しているのだろうか。

帰ってきて4日ほど経った頃だろうか。早速、車を買いに横浜へ。レンタカーを借りてフォルクスワーゲンのレイトバスを探しに行った。左側を走る車道、高速道路、カーラジオから聞こえる日本語。それだけの事が、凄く新鮮だ。
そして私を待っていたかのように、一台のレイトバスに出会った。コンビニでおにぎりを買うくらいの感じで、これ下さい、と言った。
これが、これからの私の家となり、そして店となるのだ。これで、行きたい所に行き、寝たい所で寝、やりたい所で店をやる。
考えた結果、店の名は『Bar Paquito』となった。オリジナルな名前を付けなければ、と考えに考えたが、レストランALAMEDAで呼ばれたあだ名『Paquito』に決めた。名前ほどオリジナルなものは無いように思ったのだ。私は今村誠人という名前である。そしてどこかにも今村誠人はいる筈だが、私という人間は、私一人なのだ。人につけられた名前。それほどオリジナルなものは無いように思った。

車はカリフォルニアから来たばかりの1971年式。きちんと整備された上で3月に納車される。それから少しずつ手作りで内装を仕上げ、春にはまず都内で営業を始めようと思う。
色とりどりのピンチョス、優しいスープ、そしてパエリヤを作る。パエリヤといっても本場のパエリヤではない。日本の米に合った調理法で、炊き込み御飯に近いものになる予定。日本の食材、風土にあったピンチョスを作る。自家製のチストラと呼ばれるパプリカが入ったソーセージも作りたい。川辺で焚き火をしながら、自家製のベーコンを作ったりもしたい。旅をしながら、日本のワイナリーを巡り、日本のワイン、そしてそれに合う日本のピンチョスを作ろう。そんな事を思っている。
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この間は、友人宅でホットプレートでパエリヤを作った。パエリヤを教えてくれたバレンシア出身の友人に貰ったサフランで。
可愛いプラスチックの箱に入ったサフランを取り出すと、半分緑色に変色している。あれ?カビでも生えてしまったのか?と思ったら、スペインの友人から頂いた、香り高い素敵なハーブだった。
日本の米、そしてホットプレートでは中々難しかったが、そこそこ美味しく出来たのではないだろうか。
弱火でじっくり肉を焼いているときは、ガレージで友人が作っていた時のパエリヤの香りがして、何だかすごく懐かしくなった。
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お隣の街、三軒茶屋も、もう何度も散歩した。路地裏から見えるキャロットタワー。刺激的な風景に見えた。
子供たちとも再会。これほど嬉しい事は無い。私に子供がいて、本当に良かった。そう思う。
色んな関係、色んな形がある。
でも。
大切な人が、同じ世界で生きている。それだけで私は十分に幸せである。そして、会う事が出来る。これほど幸せな事は無い。

2日程前、また一人、友人が逝った。
ツケも払わずに吞み倒す、豪快な人だった。それでも憎めない素敵な人だった。
大きく時代が変わって行く。そんな象徴的な事も感じた。
少しだけ感傷的になったが、今はこうだ。
墓に線香くらい上げに行ってやるよっ!と笑っていたい。
元気な頃から、もうすぐ死ぬから先に香典よこせ、と言っていた男。
ツケでチャラだよ、と笑っていたい。
いや、ほんと、素敵な親父だったよ。
豪快な人生。天晴です。
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街に戻ってきて、Tシャツを一枚買った。街ではもう少しだけ服が必要だ。洗面所でじゃぶじゃぶ洗って、バックパックに引っ掛けて乾かすという気持ちにも、ここではなれない。ちゃんと洗濯機で洗剤を入れて洗う。それには1週間分の服くらい必要だな、と下着や靴下も買った。少しだけ増えた荷物。そんなのも新鮮だ。
新しいTシャツを買って着替えたら、娘が写真を撮ってくれた。だいぶ痩せたが、ここ数日の深酒でだいぶ戻ってきたようにも思う。

今、寝床を用意してくれている友人夫妻の家で、Tanitaの体重計に乗ると、体脂肪が5パーセント、身体年齢が18歳だった。おかしい、おかしい、と何度も設定し直す友人。何度計っても変わらなかった。
面白いものだ。2年程前の身体年齢は48歳だった。この2〜3年で30歳若返った事になる。
何があるか分からない。これからもずっとだ。
何が起こっても笑っていよう。いや、心から笑える筈だ。

楽しい事。楽しい事だけ。信じたもの、大切なものを大切に。
格好つけずに、思った通り生きて行こうと思います。

日本。ただいま!