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3日経った現在、Markinaという町にいる。
3日目は強風、そして雨の中、何とかここに辿り着いた。途中、いろんな人に声をかけられる。たまに巡礼路の分かれ道で、どちらにするか迷っていると、自転車ならばこっちがいいぞ、と教えてくれる。巡礼者にとって、とても有り難い対応である。
今日は、途中、Ondarroaという場所を通過して、Markinaに行けという助言を受けた。そして走っていると、あと5kmでMarkinaだ!眠れるぞ!と叫んでくれた人もいた。今日はどうやらこの縁のあるMarkinaに泊まれたら泊まってみよう。そう思った。
町につくと、開いているバルを見つけた。巡礼宿は、この辺にあるかと聞くと、あるにはあるが、この時期やってるか分からない、と、そんな風なことを言う。多分バスク語なのではないだろうか。全く言葉が分からない。
なんとなく感じたニュアンスを信じて、巡礼宿を見つけた。建物の2階にあるようだ。チャイムを鳴らすと男の声。私は巡礼者だが、今日は休みか?と聞くと、入れ入れと言う。どうやら大丈夫なようだ。客は私一人。こんな時期に巡礼する者のいないのだろう。ここに来るまでに2組しか、それらしき人は見なかった。自転車で来たと言うと、裏の倉庫に自転車を置いてくれた。Augusutoというアルベルゲ。巡礼宿だ。
そんな具合で、今日はこの町に泊まる事になり、有り難くもWiFiもあったので、こうしてブログが書けたのだ。
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一日目、24日クリスマスイブ。やはり強風だ。グアダルペという山の上にある教会を目指す。過酷だ。そして、自転車の後部に取り付けた荷物が、不安定極まりなく、まともに漕げない。どうやら荷物が多過ぎたようだ。これでは、これから迎える山道を到底越える事は出来ないだろう。
しかし、そのままグアダルペに向かうと、クリスマスイブだからか、教会は沢山の人が集まっている。これがミサというものなのだろうか。
早速、いろんな人にBuen camino!と巡礼者を祝福する挨拶を頂いた。嬉しいものだ。
ここから山に入る。もういきなり山道である。もう登山道なのだ。ガタガタの登山道で、この不安定な荷物のままでは行けない。仕方なく60Lのバックパックを担ぐ。自転車の方も車体を合わせてまだ20kgは、あるだろう。これで山を登るのだ。
今になって思う。ケパが車道で行くのか、山から行くのかと聞いてきたので、もちろん山からだよ、と言うと少し感心したようだったのだ。これは間違いなく過酷な道である。自転車で行けると言うが、バックパックを担ぎ、さらに自転車を担がなくてはならない瞬間が、幾度と無く続くのだ。おそらく自転車で、この道を行くものは、もっと軽量な筈である。私は、日本に帰る為のトレーニングも兼ね、全ての荷物を積んでいるのだ。ギターだって積んでいる。これはもう阿呆である。今まで何度も巡礼者を見てきただろう人達も、私の荷物を見て、必ず驚くのだ。
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途中、急な下り坂。そして階段。ガタガタと降りる。すると、とても綺麗な港町に着いた。まるで映画のような町。ここはなんて言う町ですか?と道行く人に尋ねると、サンフアンだと言う。フランスの国境の町にもサンフアン・デ・ルスという所があるが、またそれとは違う町だ。
黄色い矢印に向かって可愛い町を通っていくと、急に矢印が川に向かっている。ボートに乗れと言うのだ。困った。見る限りとても小さいボートだし、乗せてくれるのだろうか。ボートが向こう岸からやってきたので、聞くと、と言ってくれたが、料金は二人分だ。
渡って、しばらくするとまた道が二手に分かれている。迷っていると、また人が、自転車ならこっちだと教えてくれたが、ふと、ある事に気付いた。自転車の後部に括り付けておいた筈のCHACOのサンダルが一つない。階段か、山道か、余りにもガタガタ揺れて落ちてしまったようだ。哀しい。とうとう私はこのダナーブーツ一足になってしまったのだから。
しかし、これも何かの縁だろう。確かに荷は重かった。これでいいのだ、と思う事にした。もう後には戻れないのだ。ゴミを出してしまった事は、とても残念だが。
結局、この日は20kmしか進めなかった。そして、サンダルの他に、ズボンの裾を止めるバンドを一つ、巻きたばこ用のフィルターを無くした。巡礼の儀式か。一日目、必要のないものを捨てられた。そんな気もする。
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午後3時過ぎ、いい感じの林を見つけた。ここならば強風でもテントを脹れるだろうと、少し早めだが荷を下ろした。
テントを張って間もなく、どこからかお爺さんがやってきた。白く長い髪を後ろで結い、丸いジョンのような眼鏡をしている。私の家は、すぐそこなんだが、うちで食事をしないか、と言っている。なんなら泊まっても良いんだぞ、と。とても嬉しかったが少し迷った。何しろ一日目である。それにテントを張ったばかりだ。だが、何かの縁だ。行ってみるか、と少し時間をおいてから訪ねてみた。
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私のテントから急な坂を登った所に、ポツンと家があった。みるとお店である。アルベルゲではないようだが、巡礼者を歓迎するお店のようだ。んー、店の営業的なお誘いだったのか、と疑うも入ってみる。素敵な店だ。人が数人いるが、客ではないようである。クリスマスイブなので親類や友人が集まっている。そんな感じだ。
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テントを張っているので寝るのはテントにするが、食事だけお願いしたいと言うと、おもむろにサラダ?と聞いてくる。
ここではサラダの事はエンサラダと言うのだが、英語の方が話せると思ったらしく、そう聞くのだ。こういう事がしばしばある。英語なのか、スペイン語なのかが余計に分からないのだ。そしてここスペインの人の英語は、また聞き取りづらいのだ。
おそらくサラダを食うか?と聞いているのだろう、とSi!と答えると、思った通りサラダが出てきた。
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日本人なら箸が良いだろう?と箸が出てきて、調味料には2種類の醤油に似たものまで出てきた。どちらも日本のものではないが、日本のものだと思っているに違いない。一つはインドネシアの醤油のようで、驚く程甘かった。
サラダを食べ終わると、チーズオムレツに米が出てきた。これもわざわざ私の為に作ってくれたのだろう。
私の座ったテーブルの横には薪の暖炉があり、みんながそこに集まってきた。目の前には、また白髪を結った、丸眼鏡の可愛らしいお婆さんがいる。おそらくご主人の奥さんだろう。いろんな話を分かりやすい言葉で話してくれた。頭の良さそうなお婆さん。最後にコーヒーを飲んで、いくらですかと席を立つと、招待したのだから要らないわ、と言う。なんだか、営業的なお誘いかと一瞬疑った自分が恥ずかしくなった。まだ、時間があるのならお茶を入れるから飲んでいきなさいと、またお茶が出てきた。嬉しい限りだ。一日目からこんな事があって良いのだろうか、と思う程嬉しかった。
ここは何処ですか?と聞くとサンセバスティアンという。そうか、私は何とかサンセバスティアンまでは来たのだと、少し安心した。しかし、山の上だ。何度も訪れたことのあるサンセバスティアンだが、どの辺りなのかも見当がつかない。
夜も更け、そろそろ帰ると言うと、朝も来い、と言う。朝6時から開けておくから、と。それではまた明日、とテントに帰った。
翌日6時起床。早速、荷物をまとめて、小屋へ行った。客席の方は閉まっていたので厨房の扉を開け、声をかけると、奥でお爺さんがソファーに座ったままで寝ていたようだ。すぐに起きてきた。昨日とは違うお爺さんだ。コーヒーを淹れてくれ、焼きたてのパンが3つ出てきた。ここに来たわけを話すと、どうやら昨日沢山いた人の中に、このお爺さんもいたようで、事情はよく分かっているようだった。
ここはパン屋なんだよ。私はすぐ近くに住んでいて、私の息子もここで働いているんだ。君と同じ40歳。娘も二人いるが一人はロンドンに住んでいるんだ。いやーしかし、君の荷物は大変大きいね。
いろんな事を話した。
私がそろそろ出発するというと、私も家に帰る、と一緒に外へ出た。この道を真っすぐだよ、と身振り手振りで道を教えてくれた。
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走ると程なく海が見えてきた。スリオラ海岸だ。しばらくすると、見覚えのある道が眼下に広がっている。ここからもの凄い下り道。一気に見た事のある町に降りついた。振り返って山の上を見上げてもあの小屋は見えない。もう一度、あの小屋に行ってみたい。心からそう思いながら、サンセバスティアンを駆け抜けた。

2日目。サンセバスティアンを抜けると、階段でしか行く事の出来ない道に差し掛かる。バックパックを担いだまま、20kg以上の自転車を担ぎ、階段を昇る。そこからまた山道だ。そして、昇りきったと思ったら今度はまた急な下り道。余りにも急だと、この荷物ではとても危ないのだ。
この日も相当な山道を登り、そして降りる。どうやら北の道は、そんな道のようだ。リアス式海岸の切り立った山を登っては降り、町から町へ。そんな道。
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幾つもの小さな町を経て、夕方3時過ぎ。急な坂道を自転車を押し、やっとの事で昇りきった場所に何とも可愛い広場があった。教会があり、目の前には、すごく古そうな、とても乾いた感じの小屋がある。どこかスペインでは無いようでもある。もう3時過ぎ。今日の寝床をそろそろ探し始めなければならない時間だが、何枚か写真を撮った。iPhoneならば楽だが、どうしても、ここぞと言うときは、きちんとカメラで残したい。少し荷を解くのが面倒だが、仕方がない。
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そこから程なく行くと、ちょうどいい木陰を見つけた。風が強そうな切り立った場所だが、この木陰ならば、上手く風も凌げるだろう。
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日が暮れたばかりの空を見る。満点の星だ。私は少し泣いた。北の海は、少し淋しい感じがするからか、夕暮れ時は少し淋しい感じがするからか、それともとても綺麗だからだろうか。
この日は38km。少し距離は伸びた。

案の定、夜から強風。凄い風の音だ。変な場所に張っていたら、吹き飛ばされていただろう。誰かに教わったものではない。過去の経験から、私は少しずつだが、確かな技術を身につけてきている。ロープの結び方、テントの張り方、時間の読み方などなど。
急な雨が降ってきた。雲を見る限り、長続きする雨ではない。雨が上がった隙を見計らって、カルボナーラを急いで作った。クノールのインスタント。これは5分で出来る優れもの。そして美味い。クノール。中々宜しい。
夜9時頃、就寝。6時過ぎまでたっぷり寝た。そして快便。2日目から、身体の調子は随分良いようだ。みると、予想通り、蕁麻疹も嘘のように引いている。不思議だ。不思議な事は、本当にあるものである。予想はしていたが、やはりこれは、不思議、そういう言葉でしか説明が出来ない。ストレスが駄目と言うのならば、今だって随分ストレスはある筈なのだ。こんなに困難な道を進んでいるのだから。山の力か、はたまた私の身体が旅向きだからなのか、はっきりとは分からない。
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3日目。出発するとすぐに下り道で、Zumaiaという町に降り着いた。ここでは、水の補給、多少出たゴミの処理をしなければならない。そしてついでに煙草も買おう。まだ少し私には必要なようだ。昨日、私は私を泣かせてしまったし、仕方がない。買ってやるか、と言った感じ。もはや、これは身体が言っているのか、心が言っているのか。やはり、旅はそれを同化する力があるのだと思う。坂を上りながら、時折発する言葉。あんた、考える事がすごいよねぇー。これは、身体の悲鳴である。
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この日も、やはり強風と雨にやられる。山の上は特に強いので、休憩も満足に取れない。先を急いだ。だが、この3日ともずっと雨なわけではない。写真をみてもらえば分かるように、こうして晴れ間も何度と無く現れた。この3日は、ずっと雨、という予報の中。私はやはりラッキーな人間だと思う。
この日はまた、いろんな人の助言を受けた。自転車ならばこっちへ行けと。結果的に今日は、殆ど車道を走る事となった。しかし車道でもアップダウンはきつい。しかも向かい風と言うものは、下り坂を下っている重力すら、モノともしないのだ。
この日は、車道だった事もあり45kmほど。午後3時に、Markinaに着いた。もっと行っても良かったが、これも縁だ。
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しかし、荷物は減らそうと思う。衣類を少し捨てる。そして、蝋燭も要らない。食料は半分以下にする。何と言っても食料が重い。丸4日分と、非常食まで積んでいるのだ。町から町は意外にも近い。これならば1日分の食料を持っていれば十分だ。最悪、チョコでも齧っていれば何とかなる。それよりも機動力を上げたい。そうすれば、水の補給も食料の補給もチョコチョコ出来るし、先にも早く進めるだろう。今の装備は、何日も町に着かない砂漠地帯を旅しているかのような装備なのだ。これは明日の朝までに何とかしてみよう。
ギターは迷うが、旅の為に買ったもの。これは何とか紐でも付けて肩に引っ掛けていこう。あとの物は、なんとかバックパックに納め、そして自転車が、ぐらつかない位の軽さにし、後部にバックパックを縛り付ける。
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そんなこんなの3日間。ざざっと走り書きで申し訳ないが、伝わっただろうか。
3日ぶりのシャワーを浴び、宿の主が教えてくれた地元の安いレストランに、これから行って見ようと思う。
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時間はかかるかもしれない。ゆっくりでも進んでいれば着く。
ポコアポコ。
ここの言葉で少しずつ、という言葉。
好きな言葉だ。
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明日はGernika〜Bilbaoを目指す。しかし、一体いつ着く事やら。