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今日は仕事を終えてから、最後の買い出しへ。食料や調味料、そして三脚を買った。友人に貰った遊歩大全に、三脚の大切さが書かれていた。風景だけの写真ばかりでは退屈だし、自分を撮るという時間も楽しみの一つとなると。軽さを重視したバックパッカーが、三脚の大切さを語るなんて、正直少し驚いたが、これは目から鱗。確かに面白い。しかも自分でなくとも、人が写っているという事は、何か対象物が増えるようで、より風景が生きてくるようにも思う。そして何より、人は人が見たいのだとも思う。
私は、確かにそこにいるわけで、その事は私が一番知っている。しかしながら、他人には私が写っていない写真を、リアルには感じにくいのかもしれない。
買ったばかりの三脚を使って、何枚か写真を撮ってみた。うーん、一人で撮っているという事と、人に撮られるという事は、中々違う恥ずかしさもあるものだ。しかし、ちょっとこれは続けてみよう。私の中の新たなる客観性。これは少し良い買い物をしたようだ。13ユーロ。もの凄く安かった。
せっかくなので格好をつけてみようと猿芝居までうってみた。
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しつこいようだが、もう残り僅か。仕事と言えばあと4日ほどで終わりだ。お気に入りのポストレも、同じルームメイトのロドリゴというメキシコの男の子に教えてもらった。今日は一人で作ってみたが、なかなか上手く出来たようだ。溶け出しそうなチョコレートのデザート。自分のアレンジを加えれば、もっといろんなデザートが出来る、ベースになりそうなもの。
ここに来て、メモしたノートはぎっしり3冊になった。本来ならば、もっと書いても良かったが、PCもあるので、手書きはこの程度だ。
本当に勉強させてもらった。初めてのレストラン。どう機能しているのかも、何を大切にしているのかも分かったようだ。そして、私がこれからどうしたいのかも。
突然やってきて受け入れてくれたALAMEDAに本当に感謝したい。三男のケパが、もし、うちがNOと言ったら、どうするつもりだったんだ?と聞くので、放浪しながら他のレストランの門を叩くつもりだったと答えると、お前は変わったヤツだなと、ため息を吐くように笑った。

いろんな事も考えられた。いろんな人達に囲まれ、新しい仲間が出来、楽しみもしたが、同時にこんなに一人だった事もなかったようにも思う。周りを見渡せば、言葉も通じぬ外国人ばかり。所謂、寂しいという孤独ではなく、単純に一人だという孤独。それはどこか清々しくもあり、自分という内世界にもすんなりと潜り込めた。
そして、イライラも愚痴をこぼしたい衝動も、殆ど湧かなかった。それは、おそらく言っても分かってもらえるものがいないという事が起因していると思われる。ともすれば、それらは、どこか分かって欲しいという甘えからくるものなのだと言える。逃げや甘えは人間にとって、とても大切な事のようにも思うが、それを本当に自覚する場面は意外にも少ない。
分かったつもり。これが本当に厄介なものなのだ。新しい自分への道を邪魔する、雲のようなものの正体。それが、ここに来て、強い風と強い日差しで溶かされたようでもある。
殆どの人間が自分が正しいと信じて生きている。でも、間違っているかもね、と笑いながら生きられたら、それはある意味で素晴らしい人生のように思う。

来週の今頃。私は知らない何処かで野宿をしているだろう。ドキドキする心。それは同時に不安であるとも言える。何が起こるか分からないからこそ、ドキドキするのだ。
不安。それを受け入れた時、人はもう一度少年になるのかもしれない。