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外はすっかり冬。
雲に覆われた空と、白い息。
恋の季節だ。と、私は思う。
人が恋をするには、どこか淋しさが必要である。
あたたかい夏から、急に寒くなり、太陽が傾くのも些か早くなると、人は淋しくなるものだ。
そして恋をし、外は冬だが、私には春が来た、なんて事もよくある話である。

ここで、少し、男の子の話をしよう。

男の子というものは、女の子と同じく、もちろん心で恋をするものであるが、その心をある意味邪魔するものがある。
股間である。

若い時には随分とこちらが元気であって、目の前の彼女が、本当に好きなのか、もしくは行為だけに興味があるのか、自分では中々分からない。
そこで、股間ではなく、心で恋をする時こそが、本当の恋である、と思ってしまったりするわけだ。
しかし、そんな恋の大半は成就しない。

不良男が、真面目な女の子に惹かれる時。
自分には無いものを感じ、どこか憧れるような瞬間。
残念ながら、そんな時には心ばかりが動いていて、あちらの方は修行僧のように座禅をくんでいる、なんて事も往々としてあるに違いない。
だから、というわけでもないが、やはり似た者同士がくっ付いている事が多いのではないだろうか。

誰かが、こんな事を言っている。
得意になれるという事は、その事柄に対し、傲慢になれるという事である。と。

恋について語られたものではないが、これにも通用する話である。
似た者同士、そりゃあもう、半分は分かってしまったみたいなものである。
傲慢になれるわけである。すなわち得意になれるわけだ。
相手の方も分かってもらえているような、そんな気がするのだろうか。
女の子が、少々強引な男の子に弱いのも、その絡みも少なからずあるように思う。
モテない男の子が、呑み屋で出会う女の子狙いで、占いなどを覚えるのも無関係ではない。

私は、そんなものに弱い、所謂『女子』というものが、どちらかと言えば苦手であるが。

男の子が、女の子よりも成長が遅いのも、この心と股間の不一致の為なのではないだろうか、と真剣に思う程である。
本当に好きなのか、全部終わってからでないと、中々分かるものではない。
その後、どんな気持ちが残るのか、そこで初めて分かるものがある。
しかし、それでは単なる遊び人と言われても仕方が無い。
だから、なるべく自制する。そして違う恋をしようにも成就せず。
そこで、また振り出しに戻るのだ。

プラトニック、などと言っていては子も出来ぬ。
やはり、股間も恋をしなくてはならないのである。

股間と心がお互い理解し合えたとき、やっと初めて結ばれるのが、男の子の恋だ。
いや、単純に、それを愛というのかもしれない。
恋という漢字。下部が、叉だと変であるし、心ならば恋であり、両方あるのが愛である。
という事は、恋、というものは成就しないからこそ、恋である、という図式が出来上がる。

女性は、よく、子宮で考えるなどと形容されるが、まさしくその点に於いて、矛盾はないのではないだろうか。
その点に於いて、男の股間は矛盾そのものである。
そこに重点を置くと、男はそもそも現代社会に適合しない生き物である。
なので、正直者は大概、好青年ではない。

しかし、また正直者に似た風貌だが、単純に悪い男も混じっているので、女の子も一苦労。
とにかく悪そうな男が、好みになってしまって、苦労ばかり絶えない、なんて事も多いのではないだろうか。
まあ、正直者とお付き合いするのも、同じようなものだが。

そしてもう一つ。表現者がモテるのは当たり前の話である。
なぜなら、頑張っている姿、そのものが見えるからである。
頑張っている姿は美しいものだ。一番美しい部分が見えるからである。
バーカウンターに立つ者。音楽家やその他アーティスト。
これらは、貧乏だろうと関係なく、一般的にモテる人物の筈である。
また、これらの仕事は、自分に興味のある異性が分かりやすいという立場にある。興味のある人間を口説くのは雑作もない事だろう。
サラリーマンなどの会社員だって、仕事をバリバリこなす所を見てもらう機会があるのならば、平等にモテるのではないだろうか。社内恋愛が多いのも頷ける。ただ、中々そんなものを見てもらう機会はない為、仕事ぶりを証明するものは、収入ということになる。
それらが全てではないにしろ、要因としては随分大きい事だろう。

まあ、しかしながら、モテる、ということは全く不必要なことだ。
本当に好きな人、以外にも好きと言われる事が、モテる、という事の定義であるからだ。
しかしながらその本人よりも、お付き合いした相手が、なにか自己顕示欲を満たすこともあるだろう。
私の彼はモテるから、なんて台詞は意外にも良く聞く台詞である。
一般的に可愛いと言われる女性が好みの男も、似た類いだ。


少しばかりフザケ過ぎただろうか。
これは、何かを語っているものではない。何も語っていないのと同じようなものである。
単なる私の妄想の暴走である。
が、時に、人が人を好きになる、という超自然的な行為を、理屈で考えてみるのも実に面白い。
しかしながら、理屈で人は動かない。
私の大好きな『男はつらいよ』映画一作目の寅さんの台詞である。


因に、そんな私は、只今恋をしていない。
恋というものは土地に随分関わりがあるようで、放浪しようとする者に芽生える気持ちではないようだ。
恋をする度、土地に留まり、振られては旅に出る。そんな寅次郎の行動は、純粋に合点がいくものである。