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今から十数年前くらいだろうか。
私は、世田谷の代田という所に住んでいたが、引っ越す事にし、少し離れた東松原という所にアパートを借りた。
地元の不動産で見つけたそのアパートは、家賃3万円。本当は3万2千円だったが、3万円以上出す気はないと言うと、3万円に負けてくれたのだ。
因に東京での家賃事情。
だいたい一人暮らしのアパートで6万円はすると思われる。これでも安い方で、綺麗な部屋に住もうと思えば7万円以上、オートロックのマンションなどは8万は下らない。
さて、私のその3万円の物件の中を見てみたいと告げると、この番号で開きますからどうぞ、と4つの番号が書かれた紙を渡しされた。
とうとう来た、と思った。曰く付き物件。この格安な家賃でオートロックの部屋だ。約3分の1の値段。

不動産から徒歩10分くらいか。
アパートに着き、私の部屋の201号室の前で見た物は、今にも取れかかった南京錠だった。4つの番号、確かに紙に書かれた番号で、安い音を立てて開いた。
この時、曰く付き物件ではないと確信。
等価である。

一軒家を何とかアパートにしたような物件。共同の玄関の入り口の上は磨りガラスになっていて、そこに木の板がぶら下がっており、手書きで『ハイコーポ』と書かれている。
どんな意味で名付けられたのだろうか、と笑いながら、磨りガラスの後ろを見ると、木の板の裏側が見え、そこには『金星荘』と書かれている。
確かに、金星荘では、今時借り手はいないだろうな。初めから随分とワクワクさせてくれるアパートだ。

私は、意外と古風な人間であり、引っ越すたびに、必ず近隣に手みやげを持って挨拶にいく。東京に引っ越したばかりの時、挨拶の為に、チャイムを鳴らしても中々出てこない住人が多く、驚いたものだが、やはり、挨拶に行くのだ。
私の部屋を入れて4部屋足らずのアパート。1階に住むのは一人暮らしのお婆さん。その隣には、いかにも力仕事をしている感じの50代男性。
私の部屋の前には、少しオタクのような40くらいの男性が住んでいた。挨拶に行く前、彼の部屋の扉のすぐそばに、錠剤のような物が落ちており、拾い上げるとハルシオンという強い睡眠薬だった。少しばかりアブない人かな、と思いながら挨拶に行くと、ある意味予想通りの人物が出てきて、心の中で私は叫んだ。

こんな安いアパートには、俺のように貧しく若い者たちが住んでいるのだと思っていたが、年配の住人ばかりだった。
そういえば、東京に出てきた時、不動産で安いアパートを探していると、私より若い学生が、母親と一緒に部屋を探しにやってきて、家賃は8万くらいで、床はフローリングで、出来れば出窓もほしいかな、などと言うのを聞きながら、腹を立てた事があったっけ。羨ましいのではない。馬鹿馬鹿しく思ったのだ。

このアパートは、道路から入ると少し空き地のようになっていて、そこにコの字型に同じようなアパートが3棟並んで建っているものの一つ。アパートとアパートは、くっ付いているのではないだろうか、というほど隣接していた。

6畳1間のアパートは、心地よかった。何の不自由もない。6畳の部屋の中に流し台があり、一応トイレも付いていた。女性が来たときは、余りにも部屋とトイレが近いので、躊躇するだろうが、そんな事はどうでもいいのだ。
なんて言ったって、ハイコーポなのだ。玄関から既に出落ちである。

ここに随分、慣れてきた頃。土曜日の夜だというのに、たまたま珍しく部屋にいると、爆音で音楽が流れてきた。自分の部屋から聴こえているのだと、錯覚するほどだ。

錯覚なのだ。なぜならば演歌だからだ。ここまで演歌を爆音で聴く人がいるのか、と感心する程である。
どうやら、隣接したアパートの、私のすぐ隣の部屋かららしかった。
すぐに通報されたらしく、警官がやってきて静かになった。警官とのやり取りまで聴こえてくる。いかにも吞ん兵衛というしゃがれ声の親父。随分と壁の薄いアパートだ。隣接しているわけなので、2枚の壁がある筈だと思われるが、この浸透率は凄い。
感心するアパートである。

しかし、私は、そんなに嫌でもなかった。私も少々五月蝿くしようが、文句を言われる事がないだろうとも思ったからだ。しかも流れる音楽が、なんだろうか、田舎の飲屋街から漏れてくような、情緒も感じられたのだ。

それから土曜日の度に、大音楽会は開かれる。
時にはジャズなんかもかかったりして、ほうほうと感心したりもした。
とある日曜日の昼間には、誰かが玄関をノックしながら『◯◯さん』と呼ぶ声がする。隣の部屋だ。今までガサガサと物音がしていたのに、パッと止んだ。
『◯◯さん、居るのは分かってるんですよ』
と、続いた。こりゃ、借金取りだな。私は直感した。
彼は、30分に渡るそれを、無言無音で闘い抜いた。


また大音楽会のある時、話し声が聞こえてきた。というより、今まで聞こえていなかったと言う事は、親父はおそらく一人で呑みながら、この音楽を楽しんでいるのだ。凄い。やはり感心した。

どうやら、友達と二人で呑んでいるようだ。
しゃがれ声と、比較的おっとりとした声のキャッチボールが続く。が、余りにも音楽がデカくてはっきりとは聞こえない。なにか討論しているようだ。
だが、突然大声で、しゃがれ声が叫んだ。

いいか!中居くんはな、踊って歌えるんだよっ!

その中居くんが、Smapの彼だという事も、しゃがれ声が彼の知り合いでない事も同時に分かった。
彼はおそらく、友人がぼそっと話した彼の批判に、真剣に対抗したのだろう。そういうお前は、踊って歌えるのかと。
いかん。完全な酔っぱらいである。この凄い酔っぱらいを相手にする事なく、尚且つ、現場にいるような臨場感で楽しむ事が出来る、言わば特等席なのである。

もう何度来たか分からない、通報による警官の警告にへこたれる事もなく、それは続いた。一度連れて行かれたようで、パタッと音楽会が中断された事もある。

とある土曜日、また友達がやってきたようだ。
また演歌が流れる。何やら、今日は話が盛り上がっているようだ。おっとり声がよく話している。
友達は彼くらいなのだろうか、しゃがれ声以外に、おっとり声しか聞いた事がない。
今日は何やら相談話のようなトーン。スナックの女性か何かについて話しているのだろうか。妄想するにそんな感じである。
そして、また満を持して、しゃがれ声が叫んだ。

お前は、みゆきちゃんの気持ちが分かってねーんだよっ!

みゆき。誰だか分からないが、とにかく吹き出した。反射的に。
おそらく、その二人のどちらかの彼女というわけではないのだ、と直感した。
スナックのチーママ。みゆき。おっとり声は、みゆきに入れ込んでおり、しゃがれ声は、そんなおっとり声を、馬鹿か、と言いながら、実は自分の方こそ満更でもないのである、と勝手に推測した。

そこに住んだのも僅か1年くらいだっただろうか。
事情あってまた引っ越す事になる。
その頃の私はと言えば、まだまだ貧しく、たかだか3万円の家賃を遅れてしまう程であった。
朝の5時に不動産が部屋までやってきて、お金を請求するので、遅れたからと言って、朝の5時にやってきてその態度は何だと、逆に説教した事もある。
バンドに夢中で、TVに何度か出演したのも、この頃。
仕事は月半分は、看板屋。半分は新宿歌舞伎町で、たこ焼きの屋台で働いていた。


しゃがれ声主催の大音楽会。
私は彼の顔を一度も見た事がない。彼は私の事を知らない。だが、私は彼を知っていて、そして一緒に呑んだ気にさえなっている。
面白い事があるものだ。

ボロアパートには、ロマンがある。
オートロックには、まやかしの安全しかない。

取れかけた南京錠。
その奥には、泥臭い真実と、金では買えない夢たちが、色褪せた畳の上に、色鮮やかに転がっていたのだ。