IMG_0560

2011年9月。体重80kg。身体年齢48歳。実年齢38歳。
IMG_0827

ダイエット開始。
IMG_1631

2012年4月。体重57kg。身体年齢26歳。実年齢、同じく38歳。

ダイエットについて。
このブログに似つかわしくない事柄だが、2度も20kg以上、減量した事がある私は、書いておいても良いと思うのだ。

元々、私は身長170cmで、体重は50kg台後半あたりの体重である。基本的にはこの体型である。
太りやすい体質ではないと思っていて、普段は何も気にしていないが、40年の間に2度、80kg程になった事がある。一番痩せていた時は50kgちょっとなので、30kgの差を2度経験している事になるわけだ。

まず17歳の頃、これはとある施設に於いて約1年の健康生活を強いられたため、体重が増えたもの。食事は大変美味く、朝からどんぶり2杯の白飯を平らげていた。
毎日のように鍛えられていたため、ぶくぶくと太ったわけではなく、良い体つきになったので、太った事さえ気付かなかった。
出所の時に、以前着ていた服を着ようと思った時に、ズボンが履けなくて、その時初めて気付く事になる。
良い体つきだったが、普段の生活に戻ると、大して運動もしないまま、飯の量はそのままなので、所謂デブになったわけだ。
再び、以前やっていたバンドを始めようと思ったのを機に、ちょっと痩せるか、と半年で元の体重に戻す。
この時は、飯の量を以前痩せていたときの量に戻しただけである。
因に、食事量。吉野家の牛丼で例えるならば、太っていたときは、特盛に更に並を追加する程である。それを並1杯に戻したと思ってくれれば良い。
若いときは、基礎代謝も素晴らしいし、その当時は肉体労働をしていたので、それだけで20kg痩せたのだろうと思う。80kgほどあったのは、1年くらいの間だけだった。

さあ、問題はこの後。
31の時、下北沢でバーを開店させる。
毎日、酒を呑み、寝る前に飯を喰って寝る。その繰り返しを続け、6年後、見事に80kgの体型が出来上がった。
太っているという事は、人に安心感を与える物だし、笑いのネタにもなった。サービス業を営んでいる私にとって、それほど損なものではなかったのだ。
そんな気持ちに裏付けされたものもあったのだと思う。太っても気にもしなくなっていた。

その後、紆余曲折あり、いろんな事を考え直す。
男は、いざとなった時、大切な人を守れるくらいの強さを持っていないといけないと。

バックパックを担いで一人旅や、色々と動き出した中で、著しい体力の低下を感じたのだ。
変わろう、と思った。目に見える結果として、一つダイエットもしてやろうと考えた。
以前と同じように、半年で20kg。
イメージが大切のように思う。私は、以前、半年で20kgを減量した事があるので、イメージは容易く出来たので有利だっただろう。

そして、肝心なのは、ただ痩せたい、ではなく、何をしたいのかであると思う。
痩せてモテたい、では無理だと思われる。心の奥底で気付いているからだ。モテないのは太っているせいではないと。そして、それを気にしている人間ならば、そもそも太りはしない。

痩せる為に何かをするわけではなく、何の為に運動をして、どうなりたいのか、と思う心が肝心なのだ。
そう、心が肝なのだ。
私の場合、山が好きになり、山に登る為にトレーニングしようと思っていた部分が大きかったようだ。
結果的に、後で考えると、そう思う。


心、心といってもきっかけが必要だ。まず実際にやってきた事を書こう。
まず、いろんな生活リズムを試してみた。
私は、夜の仕事だった為、大変不規則になりやすく、中々苦労した。営業中は、食事を摂らなかったので、仕事が終わってから食事をしていた。
それを途中で食事をし、寝る前には食べない。それには徹底した。

朝、起きてからまず、大豆プロテインを飲む。
動物性のプロテインと植物性のプロテインがあり、植物性のプロテインを摂るのだ。

まず、身体の種類は大きく分けて2つある。
瞬発的な力を持つ短距離型と、持久力のある長距離型。
前者は太りやすく、後者は痩せ型が多い。
これと似たように、動物性のプロテインは所謂マッチョになりたい人、植物性は痩せたい人のものだ。

とにかく身体の作りを変えるつもりで取り組む事だ。
地道にコツコツ、少しの事をずっと続ける。これが、持久力のある長距離型の身体を作る事に繋がると思う。
マグロなどの回遊魚の殆どは赤身であるように、そういった筋肉を付けいく。
最近、言われる体幹という骨に近い筋肉、所謂インナーマッスルも、こう言ったゆっくりした動きから、付く物なのだ。


初めの頃は、とにかく歩く。いきなりバンバン走ったのでは続かないし、それでは太りやすい身体を作ってしまう事にもなりかねない。
朝、起きて、プロテインを飲み、ストレッチをしてから、ウォーキング。30分程度で構わない。
そして、帰ってきてからクールダウンのストレッチ。

私はその後、筋トレをやっていたが、これはダイエットに効果がある物かどうかは定かではない。
色んな筋トレがあるが、私のやっていたのは極真空手の道場で教わったもの。
ガシガシと動くものではなく、同じ姿勢で1分間耐える、というインナーマッスルを鍛えるようなものだったので、案外効果があったかもしれない。
ネットで調べれば出て来るかもしれないので、興味のある人は見て欲しい。

今は、筋トレの代わりに、チベット体操というヨガにも似た体操を行っている。
ストレッチのような効果、炭田呼吸法というもの、ヨガのようなゆっくりとした動き、そのすべてが基本的な身体作りに随分効果があると思われる。
そして余談だが、筋トレは意識が大事だと言われている。プロのスポーツ選手は、鏡を見ながら鍛える身体の部位に意識を集中して、トレーニングを行っていて、そうしなければ十分な効果は得られないと聞く。


朝のウォーキングは、少しずつ、10分歩いて、10分走り、10分歩くという具合に30分の中の走る割合を増やしていく。
どれだけ走れるようになっても、初めの5分と最後の5分は歩く事。
人の身体は、いつも内蔵に血が向かっているらしく、いきなり走り出すと、急に血が他所に行く事になり、横っ腹が痛くなったりするのだそうだ。
ゆっくり歩くと、少しずつ身体が、『あ、走るのだな』と思い出し、走る為の準備をしてくれる。
走り終わってから、歩くのも同じ理屈だ。
走るのは毎日でなくていい。急に毎日走り出すと、少しずつ疲労が溜まり、膝を故障する事になる。

2日に1度。これは必ずだ。
ストレッチは毎日行う。私は、NIKEのHPにあるストレッチを必ず行っていた。
ストレッチは重要である。
聞いた所によると、イチロー選手が故障しないのは、バッターボックスに入る前、必ずストレッチをしているからだそうだ。

長々と書いたが、やる事は以上である。朝、起きてから、ストレッチをしてウォーキングをする。その後はしっかり朝食を摂る。
これだけの事。これで私は半年で20kg減量した。

もちろん、活動的になり、山に登ったり、ボルダリングを始めたりしたのも、減量成功の理由でもあると思う。
だが、誰でも前に述べたストレッチや、ウォーキングを始めたら、自然に身体が軽くなり、何か運動をしたくなって来ると思うのだ。
だから、まず、ストレッチとウォーキング。そして半年程はプロテインの力を借りる。
因に今はプロテインを飲んでいない。
持論から言うと、プロテインも飲まなくても良いと思う。ただ、ダイエットを始めたばかりの頃には随分効果があるように思われる。
というのも、とにかく始めてから、見る見る体重が減っていくと、成功のイメージが出来やすいからだ。

一週間のサイクルで見ていけば良いと思う。
実際、体重というものは、毎日少しずつ減ると言うものでもない。
なにかしら、一定のリズムがあるようで、1週間に一度、グン、と減るのだ。
食べ過ぎた日もそんなに気にする事はない。1週間で考えて、いつもと同じならば構わないと思っていて良い。
食事は、脂分を控える為に、蒸し器を使う料理にしたり、小鍋を買って一人鍋にしてみたりと色々と試行錯誤をしたが、今となってはそれがダイエット成功の理由でない気がする。
ただ、外食はだいぶ減った。外食は量を調整しにくいからだ。残すのも嫌なので、少なくなった。
やはり、食事量は腹八分。それ以外、そんなに神経質になる事はない。

1週間で1kgは減る。1ヶ月で4kgは減るのだ。それ以上減るのは、健康的な痩せ方とは言えないと思う。あくまで健康、その為に痩せることを考えたい。
あくまで健康的に痩せる、というのに単純計算で、半年24kgの減量が可能という事になる。
少しずつ痩せていけば、痩せる速度も緩やかになるので、半年20kgというのが、目安ではないだろうか。


ここからは、少々余談だが思った事を書こう。
私の書いたダイエット法は、元々痩せているのに、まだ痩せたいと思っている人には必要ないし、大した効果はない。

私たちの身体は、所謂、車と同じで、乗り物のような物。心で動く乗り物であると私は考える。
乗り物を大切にするもしないも、決めるのは心である。運転手は心である。

健康な身体に健康な心が宿る、と言うが、私には異議がある。
健康な身体を維持する為には、まず心が健康である事がはじまりで、身体がはじまりではない。
よく人は、何でもイコールにしたがるが、時間は逆転しないように、始まりと終わりがひっくり返る事はないし、運転手と車は、決してイコールではない。
相乗効果は認めるが、イコールではないと思うのだ。
身体は心の結果だと考える。

だからこそ、ダイエットは難しいのだろう。
これを言っては元も子もないのだが、ダイエットグッズや、ダイエット本は買うだけ無駄である。
逆に買った人こそ痩せないだろう。
もう初めから、何かに頼ろうとしているからである。
痩せたいと本当に人が思う時、必ず、何をしていても痩せるのである。

しかしながら、自分で自分の本当の心を知る事は、想像以上に難しい。
私は、前に減量成功の経験があったため、何か心のスイッチが入ったのを確信していた。
こうなったら絶対に20kg、痩せるんだろうな、と他人事のように思っていたのだ。


ただ身体の事ばかり考えて、心が不健康になるのには注意したい。
それでは何をしても健康にはなれないからだ。
面白い本がいくつかある。
一つは世界各地をバックパックで旅する人の本だが、彼は、道具や放浪生活を研究し続け、食事についてこう語っている。
何を食べても、それは健康には大した影響はない、と。本人が美味しいと感じていれば、それで良いのだと。
また、別の本でも、それと類似する事が書かれている。
美味しくないものは、口にするな。美味しいと思えば間違いないと。
私は深く共感する。
つまり、あまりに身体の健康の為に、これはダメあれはダメと神経質になる必要はない、という事。その為に心を不健康にしては元も子もない、という話である。

科学、医学が発達した今日でも尚、原因不明とされる病気もある。
いろんな種類があり、一口には言えないと思うが、原因不明の一つは心であると私は思っている。
私が言いたいのは、心の話なのだ。
そして、歩く、という実に基本的な動作は、心に作用する何かがあるのだ、と強調するものである。


心の健康が大切だと言っても、自分の心を知るのが難しい以上、難しい、の上塗りである。
しかしながら、なにかちょっとしたきっかけで、物事は大きく動き出す。
私の場合、そのきっかけが、この『歩く』という事で、そして後に繋がる、毎朝の単純なストレッチとウォーキングであったことには間違いない。

今にして思えば、私は心を患っていた。不健康になってしまっていたのだ。
その為に、逃避行のような旅に出た。帰らないつもりだった。が、そこで結果的に随分歩いたのだ。こんなに歩いたのは久しぶりだという程。そしてたった5日で帰ってきた。
実はそんな簡単な事なのだ。
そして、それが山登りにまで発展し、この後に控える自転車の旅に繋がる事は言うまでもない。

歩く、という事は、生きるという事のように思う。
身体が『あ、この人は生きようとしているんだな』と再認識するのかもしれない。
また、歩きながら頭の中で話す言葉の量は、普段口に出して話す言葉の何十倍にもなるとも言う。


ダイエットを通じて、身体の事を考え、そしてまた、心の大切さに気付かされた、という体験記である。