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昨日は昼の部で仕事は終わり。レストランの皆と近くのカフェで呑んだ。
時折、一緒に働いていた女の人が今日最後だと言う。いろんな人たちがやってきては、またどこかへ行く。早い人では一ヶ月。辞めるとか、そういった事ではない。そうやってみんな勉強しに来るのだ。
途中、カフェは大賑わい。何故か合唱団のような団体がやってきたのだ。
ギターを弾くおじいさんに、ピアニカのおじいさん。かなり年配層の団体だったが、私はなんだか感動した。異国の歌。みんな何のためらいもなく、大声で歌う。賛美歌のように聴こえた。
私がいる場所の歌、を初めて聴いたように思ったのだ。
きっとこの街に生まれた若者ならば、日本でいう民謡のようなもののように古くさく感じるだけなのかもしれないが。
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カフェで呑んだ後、中心街に向かう途中、最近では見慣れた、この城壁の事を訪ねてみた。
城壁があるという事は、昔はここに大きな城でもあったのだと思っていた。が、そうではなく、皆、この街の人たちは、この城壁の中に街を作り、住んでいたと言う。戦いから身を守るため。
壁には大砲の痕が残っていた。何だろうか。この壁の見方が少し変わった。そして、今はのどかな、青空と草原、そこに咲くマルガリータと言う小さな白い花の中、その壁は変わらずにあるのだ。
本当に、ラピュタなどの物語のようだ。

今日は休み。以前から行きたかったボルダリングジムにとうとう行ってきた。
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ちょっと辺鄙な所にあるため、週に2〜3回とは行けないだろうが、こっちでもきちんとボルダリング出来る事が分かっただけでも嬉しい気持ち。
約2ヶ月ぶりで、だいぶ弱くなっているように思ったが、何事もここからだ。男は、冒険を忘れてはならない。そして冒険に耐えうる身体を作っておかなければならないのだ。2年前に20キロ太っていた私が言う事でもないが。
久しぶりに身体がジンジンする感じ。たまらない。

行き帰りのバスの中で、音楽を聴きながら、また思いに駆られる。
恋や、仕事などの見極め方に於いて、よく引用される言葉。二番目に好きな事を選びなさい、なんて事を言う。
いつもそれを私は疑問に思っていた。何でも一番がいいに決まっている。
だが、言葉尻が違うが、私の思いはこうだ。
好き、という事に接する時、自分自身を見失うようなものと、きちんと見失わずに向き合える場合の2つがあるとする。先ほどの言葉は、おそらく前者を一番目に好きな事と言っているようだが、私はそこが違う。
自分を見失うようなものを、本当に好きとは言ってはならない気すらしている。
本当に何かを好きになった時、それは必ずその対象も、私の事を好きになっていなければ可笑しい気もするのだ。
だからやはり、私は一番好きなものが、好きだ。

山に例えてみる。登りたくて仕方のない山がある。大好きなのだ。だが自分を見失ったとき、それは死を意味する。山登りはきちんと登り、降りてきてこそのものだ。大好きだからこそ、自分を見失わないように最善を尽くす。これは、本当に清々しい道理である。
山が教えてくれた、ごく自然で逞しい事の数々の一つ。

他人を批判しているのではない。かつての自分を振り返っているだけだ。
そして誤解の無いよう、すべての事柄に例外はある、と付け加えておく。

今、スペインにいる自分と、料理、店、音楽や山について考える。
清々しいのだ。
今日は曇っているが、私は妙に清々しい。それが日に日に増していっているようだ。もうすぐ日本一時帰国も迫っていて、胸躍っているせいもあるだろうが、それだけではない。

長い長い林道をようやく抜けたかのような気分。きちんと歩いてきたのが報われる、登山にハマる入り口だ。
そして、今日もボルダリングも出来、山をまた近く感じれるようで、またまた嬉しいのだ。
一時帰国の時は、ボルダリングシューズを持って帰るとしよう。
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ジムから帰ってきてからは、近くのEroskiで食材を買い、ささっと料理して一人宴会。
気に入ってしまったアーティチョークとズッキーニのソテーとブロチェタという焼き鳥のようなものと、パスタ・ボロネーゼ。ちょっと作りすぎたか。このボロネーゼソースは、レストランで上司が作ったものを貰ってきたもの。ミキサーをかけた赤ピーマンの入ったものですごく旨い。
作りすぎたが全部喰った。

さあ、残りのワインを呑みながら、旅の本を読むとするか。
コリン・フレッチャー『遊歩大全』。いい本だ。